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Part 1. マイクロソフトのクラウドコンピューティング "S+S" 概要 その2

その1 からの続きです。(エントリが長すぎてポストできなかったので分割しました。)

[インフラから見た場合のシステム形態の分類]

さて、前述の図は、マイクロソフトが提供する製品やサービスを示したもの(=すなわちマイクロソフトの立場で書いたもの)ですが、今度はこれを、ユーザや SIer などの観点から見た図、すなわち利用方法や利用形態の観点から整理した図に描き直してみたいと思います。

まず、前述の図だと、システム形態としては「オンプレミスか、Microsoft が提供するサービスを使うか」の二択のように見えます。しかし、実際には、データセンタ事業者や SIer が Microsoft からパッケージ製品を購入し、これをクラウド型のサービスに仕立てて、エンドユーザや他の SIer に販売する、というモデルも考えられます。このため、インフラ的な観点からすると、クラウドコンピューティング時代におけるシステムの形態は、大まかに以下の 3 つに大別できます。

  • オンプレミス型(自社保有・自社運用型)
    エンドユーザが自らソフトウェアを購入し、自社内にシステムを構築する方法。これはクラウドとは呼べないが、自社内データセンタであっても、部分的にクラウド関連技術(例えば自動プロビジョニング機能など)が適用されることにより、運用の効率化などが図られていく形になります。
  • ホスタークラウド型(データセンタ事業者によるクラウド)
    データセンタ事業者が、特定の企業向けに提供するホスティング環境。オンプレミス型とメガクラウド型の中間型になりますが、業務システム構築の観点からすると柔軟性が高く、使い勝手がよいのが特徴になります。
  • メガクラウド型("超"巨大なデータセンタによるクラウド)
    数万~数十万台以上のマシンを保有してクラウド型のオンラインサービスを提供しているような「超大規模クラウド」を購入する方法。具体的には、Microsoft, Google, Amazon, Salesforce.com, Yahoo!, eBay などによるサービスが該当します。相対的には安価ですが、個別要件や要望にはほとんど応えてくれない、という問題があります。

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(注意) 上記の図では、敢えて「パブリッククラウド」「プライベートクラウド」という用語を使っていませんが、これは、パブリックとプライベートクラウドの境界線の定義が曖昧であるためです。また、どこからがクラウドでどこまではオンプレミスなのか? といったことも同様の議論で、これらは言葉の定義の問題でしかない、と考えます。これらの議論に深入りすることは技術的に見た場合には不毛だと思うので、この資料では敢えて別の用語として、「オンプレミス型」「ホスタークラウド型」「メガクラウド型」といった用語を使うことにしました。この点は、FAQ にて後述します。

さて、クラウドコンピューティングに関しては、「クラウドコンピューティングが発展すると、中小のデータセンタ事業者が最も痛手を受ける」と言われます。この発言の意図するところは、「中小のデータセンタではメガクラウドのようなスケールメリットを得ることができないため、相対的に高価になってしまい、ビジネスが縮小する」、というものだと思います。しかし、個人的にはこの考え方に懐疑的です。というのも、前述したように、メガクラウド型のサービスにはカスタマイズ性(柔軟性)に難があることが多く、コストが安くても小回りが効かないことが多いからです。特に、業務アプリケーションの世界では、既存のシステムとの連携性、3rd party 製ミドルウェアの導入、高い SLA 要件などなど、個別最適化が求められる領域が多々あり、お仕着せ型のサービスではうまくシステム構築できないケースが多いと思います。逆にいえば、こうした個別要件への柔軟かつ高度な対応性という部分がホスター型クラウドの大きな魅力であり、そうであるからこそ、今後もデータセンタ事業者に対するホスター型クラウドのニーズは多々あるのではないかと思います。ただし、データセンタ事業者にもより一層のコスト削減圧力が働くでしょうから、自動プロビジョニングをはじめとする各種のクラウド技術を適用して、より一層高度なサービスを提供していくことが求められるようになると思います。

[利用者から見た場合のシステム形態の分類]

では次に、クラウドコンピューティング時代が到来することによって、利用者側にはどんな選択肢が増えるのかを考えてみたいと思います。

例1. .NET カスタムアプリケーションを開発し、運用する場合

この場合、従来はオンプレミス型で開発するか、またはホスタークラウド型で開発するかのいずれかを使うケースが多かったと思います。しかし、ここに新たにメガクラウド型で開発する、すなわち Windows Azure Platform 上で開発する、という選択肢が加わることになります。

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ただし、先に述べたように、この 3 つの方法は等価ではありません。例えば、図だけ見ると、ホスター型で作られた .NET アプリケーションはそのままメガクラウド型に移行できそうに見えます。しかし、Windows Azure Platform は、データベースや OS の設定を自由に変更できません。このため、必ずしも簡単に移行できるというわけではないはずです。

また、現実的なシステムでは、これらを併用するハイブリッド型システムになることも多々あると思います。例えば、SLA 要件の厳しいシステムでは、基本的にはオンプレミス型やホスター型の形で作成しつつも、災害対策用のバックアップシステムとして Windows Azure Platform を併用する、という形態が考えられます。必ずしもこれらの選択肢は背反的なものではない、と考えるのが適切でしょう。

例2. メールサーバ(Exchange)を使いたい場合

メールサーバを使う場合も、メガクラウド型の SaaS サービスを使う方法、すなわち BPOS (Exchange Online)を使う、という方法が追加される形になります。また、ホスター型クラウドを使う場合には、IaaS 型だけでなく、HMC (Microsoft Solution for Hosted Messaging and Collaboration)を用いて作られた SaaS サービスを使う方法が考えられます。

※ (参考) HMC とは、簡単に言えば、事業者が Exchange サーバを SaaS サービスとして再販するために提供している、マイクロソフトのソリューションのひとつです。

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ホスタークラウド型の SaaS と、メガクラウド型の SaaS サービスは、図だけ見ると同様に見えます。このため、一見するとあたかもホスタークラウド型は、今後、メガクラウド型の BPOS に取って変わるように見えますが、この考え方は正しくありません。というのも前述したように、メガクラウド型のサービスの多くは事実上カスタマイズが不可能であり、これは BPOS (Exchange Online)にも当てはまります。このため、ホスター型クラウドは、BPOS では対応できないようなきめ細かなサービスにより差別化が行われる形になります。お客様への提案の際には、まず BPOS はカスタマイズできないという前提条件の元で、BPOS の提供サービスに合致するか否かをまず判断します。そして合致しない場合には、BPOS をカスタマイズしようと考えるのではなく(それは無理です;)、ホスター型クラウドやオンプレミス型のいずれが適切なのかを考えていくことになります。

というわけで、このようにメガクラウド型のサービスという選択肢が増えることにより、ユーザから見たシステム構築手法も自ずと選択肢が増えることになります。しかし、なんでもかんでもメガクラウド型サービスを使うようになる、と考えるのは誤りです。システム要件に応じて、適切な使い分けあるいは併用をしていく必要があります。

[クラウドコンピューティング時代のビジネスチャンス]

では最後に、ここまでの話をまとめる目的で、クラウドコンピューティング時代の到来により、様々な事業者にどのようなビジネスチャンスが生まれてくるのかを考えてみます。それを考えることにより、新たなビジネスチャンスも見えてくるはずです。ここではご参考までに、私が所属する、マイクロソフトコンサルティングサービス(MCS)が提供しているサービスとして、どのようなものがあるのかについても軽く触れてみたいと思います。おそらく MCS が提供しているコンサルティングサービスを見ると、ビジネス的な狙いどころも明らかになってくると思います。

① オンプレミス型が中心のエンドユーザ企業の場合

オンプレミス型で構築したシステムを運用することが中心になっているエンドユーザ企業の場合、クラウドコンピューティング時代の到来により、以下のような選択肢が新たに生じることになります。

  • ホスタークラウドやメガクラウドへの移行
    インフラの自社運用を避け、ホスタークラウドやメガクラウドへ移行するパターンです。災害対策用のバックアップとして、ホスタークラウドやメガクラウドを利用する、ハイブリッド型クラウドへ移行するニーズも数多く発生してくると思います。この領域に関しては、MCS は ITAP (IT アーキテクチャ&プラニング)と呼ばれるサービスを提供しており、クラウドサービスを適用することによってどのようなシステム最適化が図れるのかを検討することができます。
  • 自社データセンタへのクラウド技術の適用(インターナルクラウドの構築)
    大量のサーバを抱えることによるスケールメリット(コスト低減メリット)は少ないですが、クラウド技術を自社データセンタに導入することにより、インフラ運用の効率化、動的かつスムーズなプロビジョニングなどを行えるようになるメリットがあります。この領域に関しては、データセンタ運用を効率化するためのツールキットである DDC Toolkit (ダイナミックデータセンタツールキット)が CodePlex から提供されていますが、このツールを用いてデータセンタ運用の効率化を図るためには、当該データセンタ運用の現状を見据えた上で、あるべき姿を模索する必要があります。このため、MCS では運用効率化のコンサルティングサービスを通じて、DDC Toolkit の適用などをコンサルティングしています。

※ (参考) DDC Toolkit というものをご存じない方も多いと思いますが、これはデータセンタ仮想化のためのツールセット(いわゆるライブラリ)であり、それ単体で導入可能なパッケージ製品にはなっていません。このため、DDC Toolkit を利用する場合には、実際には UI などの部分についてかなりの作り込みが発生します。Windows Azure Platform のような環境をポンと自社内に構築するためのお手軽ツールキットではありませんので、ご注意ください。

② データセンタ事業者の場合

クラウドコンピューティング時代の到来により、最も既存ビジネスに影響を受けるのがデータセンタ事業者である、とよく言われます。確かにそれはその通りですが、それは必ずしもビジネスの縮小を意味しないと思います。クラウドコンピューティング時代の到来により、以下のようなビジネスメリットやビジネスチャンスが生まれてくる、と思います。

  • 自社データセンタへのクラウド技術の適用
    これは①で述べたものと同様の話です。スケールメリットは少ないですが、より素早いリソース割り当て、低い運用コスト(初期費用やランニングコスト)などが実現できます。この領域に関しては、MCS は先に述べた運用効率化のコンサルティングサービスを提供しています。
  • IaaS から PaaS, SaaS ビジネスへの進出
    ほとんどの場合、従来からあるデータセンタの大半は IaaS 型サービスが中心でしょう。このような場合、利用者側の自由度は高いものの、半面、特にミドルウェアの運用の部分について、利用者側に大きな負担がかかります。そこで、Microsoft などからアプリを購入し、PaaS, SaaS としてサービスを販売(再販)するというモデルが考えられます。イラストだけ見ると、メガクラウド型サービスとして提供されている BPOS や Windows Azure Platform などに似ていますが、先に述べたように、メガクラウド型サービスには、小回りが利きにくいという弱点があります。そこを突く形でサービスを提供することにより、より高い付加価値をつけたサービス提供が可能になります。この領域に関しては、MCS ではデータセンタに関する IT 基盤の強化サービス、また実際に乗せることになる各製品に関する製品コンサルティングサービスを提供しています。

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実際、現場のエンジニア側から見ると、ミドルウェア部分の運用監視をデータセンタ事業者側に移管できる、というのは極めて大きなメリットであることが多いです。特に、Windows サーバ系のデータセンタでは、OS のベースイメージのみが提供されるという簡易なサービス提供にとどまっている場合が多く、IIS や SQL Server などのミドルウェアの運用や監視まで含めたサービスが提供されると、利用者側にとっては大きなメリットとなるはずです。(ちなみに、どのようなサービスを作ればよいのかに関しては、Windows Azure Platform が提供する各種のサービス(例えば SQL Azure データベースサービスなど)が参考になるはずです。)

③ ISV(独立系ソフトベンダー)の場合

パッケージ製品などを作成している ISV の場合、従来から ASP 化(アプリケーションサービスプロバイダ化、すなわちオンラインサービス化)によるサービス拡販などが行われてきたかと思います。このような場合には、以下のようなビジネスチャンスが考えられるかと思います。

  • メガクラウド型 PaaS サービスの利用
    自社で開発しているアプリケーションを Windows Azure Platform 上で動作できるように修正し、メガクラウドのメリットを享受する、というものです。特にインフラやミドルウェアの運用監視の部分に関して大きなメリットが得られる(例えば SQL Azure データベースサービスを使うと、非常に安価に 99.9% の高可用性データベースを使うことができる)こと、またスケーラビリティに関しても大きなメリットが得られる(必要な料金を支払えば、キャパシティをすぐに拡大できる)ことについては、ISV にとっては大きな朗報となるはずです。この領域に関しては、MCS では Visual Studio Workshop を通じて、Windows Azure Platform 上でのアプリケーション開発ノウハウのスキルトランスファーを実施したり、あるいはその開発そのものを直接支援したりします。
  • 各種のマーケットプレイスの活用
    パッケージ製品のオンライン化では、サービスの販路の確保が重要になります。この点に関して、マイクロソフトではマーケットプレイスの強化を図ろうとしています。具体的には、Microsoft Pinpoint と呼ばれるサイトがあり、ここで様々なオンラインサービスやアプリケーションの販売をすることが可能になっています。ちなみに日本語版の提供時期は今のところ未定ですが、こうしたマーケットプレイスは、どちらかというと日本市場における販路確保というよりも、アプリケーションを多言語対応させて海外展開するための販路としての側面の方が重要でしょう(← ビジネスアプリケーションやサービスは、iPhone などのようにエンドユーザが多いわけではないためです)。自社アプリを多言語対応させて Windows Azure Platform 上に乗せ、各種のマーケットプレイスを通じて販売することにより、ビジネスの拡大を見込むことができます。

なお、Windows Azure Platform 上で動作するアプリケーションの販売方法は 2 種類ある、ということを知っておくとよいと思います。ひとつは、自社で Azure のライセンスを購入し、アプリケーションを動作させ、これを SaaS として販売するモデル。もうひとつは、自社のアプリケーションを Windows Azure Platform 対応製品として、パッケージ製品として販売するモデルです。(後者の場合、お客様は自前で Windows Azure Platform のライセンスを購入し、そこにアプリケーションを自分で配置して使う形になります。) Windows Azure Platform では、どちらの販売方式も可能になるようにライセンス形態が設計されています。

④ SIer (システムインテグレータ)の場合

おそらく、クラウドコンピューティング時代の到来によって最も大変なのが、SIer になると思います。確かに、お客様から受注してシステムを構築する、というビジネスの在り方そのものに大きな変化はないでしょうが、システム構築の際に、クラウド型サービスを活用するという選択肢が加わることにより、設計のパターン数が非常に増えることになります。

  • システム構築における、ホスター/メガクラウドの活用
    従来ですと、システム構築時にデータセンタを利用する、という一択で済んでいたものが、ホスター/メガクラウドの IaaS/PaaS/SaaS サービスの出現により、選択の幅が一気に広がることになります。具体的には、エンドユーザ向けにシステム提案をする際に、適宜、クラウドを活用する構成を含めることで、メガクラウドの利用による動的スケール調整や、ハイブリッド型システムによる安価な災害対策などのメリットを得られるようにしていくことになります。これにより、価格競争力のあるシステム提案を実施していくことができるようになる、ということです。この領域に関しては、MCS は一般的なシステム構築支援サービスを通じて、その中でクラウド技術を活用したシステムアーキテクチャ・アプリケーションアーキテクチャ提案を行っていく形になります。

以上、様々な事業者ごとのビジネスチャンスや狙いどころについて解説してみましたが、このように、クラウドコンピューティングやその周辺技術をどのように自社に生かしていくのかは、事業者の立ち位置やサービス内容によって全くといっていいほど異なります。自社のコアコンピタンス(最も強いところ)を見定めたうえで、クラウド技術をどのように生かしていくのかという、視野を一段高くした状態での検討作業が必要になる、と言えるでしょう。

次のエントリへ続きます。(長すぎてポストできなかったので分割しました。)