第 2 話 産業革命としてのクラウド (全 3 話)
第 1 話では、ハードウェアの老朽化に対処するために更新する手順を追ってみました。第 2 話では、クラウドの場合をみていきます。
まずハードウェアの導入は年間など中期スパンで計画が定められ、継続的・日常的に追加作業が行われています。
データセンターへの所定の場所へのハードウェア設置は専門の業者が人手で行いますが、クラウドの上で稼働する各種システムには影響しませんのでスケジュールは完全に独立しており、そのためのコーディネーションは必要ありません。
ハードウェアが追加された後は、システムが自動的にそれを認識し、OSやミドルウェアが導入され、クラウド上のどの領域に割り当てるのかが決定され、それに従ったアプリケーションのセットアップが行われ、クラウドのリソースとして組み込まれます。これらの作業は、人による判断やコーディネーションを待たず、クラウド内部の運用システムがすべて自動で行います。
システムの切り替えというのも、オンプレミスと同じような関係各所との調整作業は一連の流れの中に存在しません。ユーザー利用環境は仮想化され物理的リソースとは切り離されており、また高度に多重化されているので、任意のタイミングで稼働環境が新しい物理的リソースに移動するだけです。利用者はそのような変化があったことにすら気が付きません。
老朽化が進んだハードウェアはこれらの処理の結果、「空き家」になります。その後適切なタイミングでデータを完全消去(物理破壊含む)され、破棄されます。久しぶりにこの部分はまたハードウェアの業者による手作業を含みます。
比べてみると、従来型ITとクラウドでは運用に対するアプローチが全く違うことがお分かりいただけることと思います。クラウドではそもそもユーザーとの運用上の調整が必要ないことが前提となっており、全体のコーディネーションが簡略化されています。また、作業のほとんど全てが自動化されており、人手の介入を必要としません。
この対比を考えるにつけ、私の頭に浮かんでくるイメージは、電話の交換手の仕事です。
かなり古い話ですが、昔は電話にはダイヤルやボタンがついておらず、電話をかける際にはまず電話局の交換手とつながるようになっていました。交換手に「xx町の○○さんを頼む」と告げると、交換手が手作業で通話相手を呼び出し、その後電話回線を手動で接続し、それによってやっと通話ができるようになった、という話です。もちろん効率は今と比べてよくありません。電話利用者が増えてきてからは、市外通話だとつながるまでに数時間かかるのが当たり前だったと聞いています。
今や携帯電話どころかスマホでLineが当たり前で、そんな時代は想像もつかないような話ですが、考えてみると手動の交換手というのは親切な側面もありますよね?通話相手の電話番号を自分で調べる必要はありませんし、相手につながるまでの待ち時間は交換手に任せておいて、自分自身は電話から離れて別の作業をしていてもよかったそうです。
しかし、電話の爆発的な普及は、ダイヤルでの電話番号入力による自動交換が一般化するのと合わせて起こったのでした。回線の接続という電話のインフラが人力に依存しており生産性が低い段階では、電話は限られた一部の人たちだけのものに留まっていて、自動交換機によってインフラ運用の生産性が劇的に改善したことによって初めて、電話は「みんなのもの」になったのでした。
今クラウドで起こっている運用生産性の劇的な改善は、まさに電話の交換が手動から自動に変わったのと同じように、ITを本当に「みんなのもの [2] 」に変えていく変革なのではないかと思います。
[2] マイクロソフトのCEOサティア・ナデラが、2016年のIgniteというイベントのキーノートで繰り返し「AIをdemocratizeする」という表現を使っていました。Democratize は直訳すると「民主化する」となりますが、この文脈では「一部の専門家だけしか利用できなかった高度な処理が、みんなの手の届くものになる」というニュアンスがより自然だと思います。私がここで使っている「みんなのもの」というのも、同じニュアンスです。これまではIT部門などの専門家の助けを借りなければ新たなIT活用を始めることができませんでしたが、これからは専門家の手を借りずともユーザー部門だけで積極的にITをビジネスに活用することができるようになってきました。これにはメリットもデメリットもあると考えていますが、詳細は今後の連載の中で書かせていただきます。