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エバンジェリスト インタビュー
高橋 忍 "コミュニケーション能力を養うには、専門外の自分を養うことが大事"
プロローグ
ドッグイヤーともマウスイヤーともいわれる昨今、情報システムの開発期間は、時を追うごとに短縮されている。その昔、大規模なものなら数年単位というプロジェクトも珍しくなかった。しかし最近では、大規模なものでも半年、数カ月と開発期間は短縮されている。
そうした巷の動向はどこ吹く風。重工メーカーでのシステム開発は、1 つのプロジェクトで 10 年、20 年と長期間にわたるものも珍しくない。周りには、技術者としての一生を 1 つのプロジェクトに捧げる同僚もいた。
小さいころから、新しいテクノロジに触れることが好きだった。航空宇宙関係の仕事を選んだのも、テクノロジの最先端に触れられると考えたからだ。しかし、いざ仕事に就いてみると、ソフトウェア開発環境や使用言語など、何もかもが時代の流れとは隔絶されていた。自分の視野が年々狭くなっていくと感じた。
重工メーカーであっても先端技術には敏感であるべきだ。社内でさまざまな働きかけをした。しかし大企業の閉じた世界においては、一技術者の声はあまりに小さかった。
「最新のテクノロジに触れていたい」。
この想いにかられてマイクロソフトへの転職を決意した。
インタビュー
―― 最初は重工メーカーでのソフトウェア開発に従事されたのですね。
高橋 : ヘリコプターのフライト・システムを開発していました。具体的にはオートパイロットのための制御ロジック開発を行っていました。
―― 開発環境や開発言語にはどのようなものを使っていましたか。
高橋 : 独自のデバイスを低レベルな部分から制御する必要があったので、伝統的にアセンブラを利用していました。ただし私が入社したころから、ロジック設計の部分では「高級言語」として C 言語の利用が始まりました。
―― どうして重工メーカーを就職先として選んだのでしょう。
高橋 : 大学の専攻は材料系でして、コンピュータやソフトウェアは直接の専攻ではなかったのですが、コンピュータは成長分野だと感じ、この分野なら新しいテクノロジに触れられるだろうと考えました。コンピュータ系で就職を探すとなれば、普通に考えれば電気メーカーということになるのかもしれませんが、当時は航空宇宙関係に強い関心を持っていたのです。こちらも、コンピュータとは違った意味で最新の技術開発が積極的に進められている分野でした。新しいテクノロジに触れているのが好きなのですね。
10 年、20 年のプロジェクトも当たり前
―― 重工メーカーでのソフトウェア開発の特徴は何でしょうか。
高橋 : とにかく開発期間が長いことでしょうね。一般的な情報システム開発では、どんなに長いプロジェクトでも数年程度だと思いますが、重工メーカー時代のプロジェクトは、10 年や 20 年などは当たり前でした。特に、私が担当していた航空関係のプロジェクトは開発期間が非常に長かったですね。
―― 20 年といえば、技術者としての一生を捧げるような時間ですね。
高橋 : 実際、入社以来何十年も 1 つの機種の開発に携わっているという技術者も周りにいました。
―― それだけ長いプロジェクトで、開発環境も独自で、開発言語はアセンブリ言語という状況では、最新のソフトウェア開発環境とか、開発言語のようなものにはなかなか触れられませんね。
高橋 : 本業の作業とうまく重複させながら、そうした最新動向にキャッチアップするのは困難でした。私の場合は、時間外の作業という位置付けで、Windows やマイクロソフトの最新ソフトウェア開発環境を利用して、自分専用の開発ツールなどを作成しながらセフルスタディをしていました。
―― あくまで自習として取り組んでいたのですか。
高橋 : そうですね。できる限り、そうした時間を業務の一環として認めてもらえるように社内での働きかけはしていました。しかし、やはり大企業は閉じた世界であり、思うようには認めてもらえずに限界を感じていました。
―― そもそもの目的だった「最新テクノロジの吸収」が思うようにいかなかったのですね。
高橋 : 宇宙とコンピュータという先端技術の現場にいながらも、自分が求めるような最新テクノロジと触れ合う時間はなかなか持てない職場でした。
最初は開発者サポート
―― それでマイクロソフトに転職したのですか。
高橋 : ええ。最新技術やそれを利用した製品を積極的に発表する姿は以前から気に入っていました。マイクロソフトなら、自分の目的を達成できるだろうと思ったのです。
―― 当初は開発者サポートを担当されたとか。
高橋 : はい。サポート対象はソフトウェア・インテグレータやソフトウェア・メーカーの技術者で、業務システム開発における問題点などを伺い、一致協力して問題を解決するというのが仕事でした。このサポートの仕事は 1 年近くやっていました。
ある一日のスケジュール
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日本の開発者にはコミュニケーション能力が欠けている
―― 開発者サポートに携わっていて、何か感じたことはありますか。
高橋 : 現在では、開発者を支援する情報が非常に充実しています。必要な情報が見つからなかったという経験はあまりありません。むしろ多量の情報の中から必要な情報を見つけることが難しい。実際には、開発者が直面する問題の解決法は、ほとんどの場合 MSDN (Microsoft Developer Network) * に記述されています。しかし情報量が豊富なせいで、うっかり検索すると大量のドキュメントに合致してしまい、目的とするドキュメントを探し出せない場合があります。つまり、これからの開発者は、「少ない情報をいかに探し出すか」というよりも、「氾濫する情報から必要な情報をいかに取捨選択するか」が問われているのだと思います。
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* マイクロソフトが提供しているソフトウェア開発者向けの情報サービス。
詳細は https://72.14.235.104/japan/msdn/default.asp を参照。
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―― もっと検索の技術を身に付けよう、ということですか。
高橋 : それともう 1 つ。サポートを担当し、多くの開発者の方々と対話していて思ったことは、開発者にはコミュニケーション能力が不足しているということです。サポート担当として目指しているのは、開発者の方々により高い開発スキルを身に付けていただくことです。ですから「これはどうすればよいのか?」「こうすればできる」という細かなやりとりばかりでなく、技術の方向性などにまで範囲を広げて質問をいただければ、より包括的な回答をすることができます。これは技術者同士のコミュニケーションになると思うのですが、技術力はあるのに、コミュニケーション能力が十分でないために、求める答えを得るのに回り道したり、より高いスキルを身に付けるせっかくのチャンスを逃したりする人が多かったように思いました。
―― それがテクニカル・エバンジェリストを志望した動機でしょうか
高橋 : 要因の 1 つではあります。サポートの場合、答える相手は目の前の開発者だけですが、同じ答えは違う開発者に対しても役立つ。だとすれば、もっとパブリックに活動することで、開発者全体の底上げに貢献できるのではないかと考えました。約 1 年間の開発者サポートの後、志願してテクニカル・エバンジェリストになりました。
コミュニケーション能力を上げるコツとは?
―― 開発者がコミュニケーション能力を向上させるポイントとか、コツのようなものはありますか?
高橋 : これは開発者だけでなく、一般にいえることだと思いますが、専門分野とは別に、まったく違った裏面の自分を持つということだと思います。例えば、開発者で、普段は先端技術を追いかけているけれども、他方ではアウトドアが好きだとか、音楽が好き、などの趣味があった方がいい。別に趣味でなくても、家族がいる人なら、家に帰ったときには家族との時間を大切にするとか。それがなぜ、と思うかもしれませんが、私の考えでは、1 つのことしか見てない人は、コミュニケーション能力は養われません。
―― それは高橋さんの経験に基づくものですか。
高橋 : 例えば私が働いていた重工メーカーというところでは、設計を担当するエンジニアと、設計図を基にして実際に物を作る生産ラインの工場技術者がいます。私は設計部門に在籍していたのですが、実習などで一定期間だけ生産ラインに立ったことがあります。工場技術者の人たちは、いわゆる「職人」の人たちです。私が目指す最新テクノロジとはかけ離れたところにいる人たちですが、職人としての腕はそれぞれ光るものがある。それまでの経験も、目指すところもまったく違うので、最初はなかなかコミュニケーションがとれないのですが、それでも試行錯誤しながらコミュニケーションを図っていくうちに、だんだんコツが飲み込めてくる。そして最後には、思うとおりにコミュニケーションできるようになっていました。このように、自分が幅を持つことが、コミュニケーション能力を高めるコツなのではないかと思います。
―― 専門外の人たちとも幅広くコミュニケーションをとる経験が大事だということですね。
高橋 : そうです。最初はなかなか意思の疎通ができなくて苦痛だったとしても、人間 1 度経験しておくと、次からはあまり苦もなく耐えられるようになります。逆に、ソフトウェア開発が専門だとして、専門分野の人たちとしかコミュニケーションを持たないと、視野が狭くなって、柔軟なコミュニケーションができなくなります。
―― コンピュータ関連では、ASP や ADO などといった 3 文字略語が非常に多いですね。専門家同士の会話では、こうした略語や専門用語ばかりになって、部外者は会話についていけなくなるということがよくあります。これもコミュニケーション能力を狭める一因でしょうか。マイクロソフトさんは特に 3 文字略語が多いように思いますが。
高橋 : 専門化同士が略語や専門用語を多用して短時間で効率よくコミュニケーションを図ることも間違いではありません。しかし、自分とは世界の違う相手に同じコミュニケーションは成立しません。効率がよいからといって、世界を共有できる相手ばかりとやりとりしていると、どうしてもコミュニケーション能力が低下してしまいます。
―― そうはいっても、自分からコミュニケーションの幅を広げるというのも簡単ではないですね。
高橋 : 海外出張に積極的に出かけるというのはどうでしょう。日本にいるときとは違い、海外ではまったく自分と文化や常識が異なる人たちと何かしらコミュニケーションを取らないと何もできません。強制的にそういう機会を増やすというのは面白いかもしれません。
Web アプリケーションも Windows アプリケーションも臨機応変に
―― 金融担当とのことですね。金融系では、いまなおメインフレーム・メーカーの影響力が大きいと聞きます。マイクロソフトのような PC ベースのソフト・ベンダは容易には参入できないのではないですか。
高橋 : 金融分野で重視されるのは、何より信頼性とセキュリティです。その意味では、情報システムがもたらす新しいビジネス・チャンスに積極的な製造業や流通業と比較すると、実績の浅い PC 関連メーカーにとっては参入しにくい分野ではあると思います。ただし基幹系と比較すると、情報系端末としては、Windows NT 4 のころから Windows の導入がかなり進んでいます。
―― 金融系分野においても、.NET 戦略の要は XML Web サービスなのでしょうか。
高橋 : 不特定多数のユーザーをターゲットとするサービスなら XML Web サービスが適しているかもしれませんが、特定の相手と通信するというなら、もう少しリッチなコネクションがあってもよいと思います。つまりネットワーク・プロトコルも、GUI も、通信相手と用途に応じて柔軟に選択できる必要があるでしょう。
―― 具体的には、Web アプリケーションも Windows アプリケーションも、臨機応変に使い分けるということですね。
高橋 : 個人的には、Web アプリケーションよりもリッチなインターフェイスを構築できる Windows アプリケーションの方が好きです。Windows アプリケーションは、Web と比較すると情報の集約度や情報の解像度が高い。つまり単一面積での情報の集約度が高いのです。現在は Web アプリケーションが花盛りといったところですが、本来 Web アプリケーションが適さない用途にまで使われているのではと考えています。
.NET に移行するならいま
―― OOP や .NET Framework などがハードルとなって、開発者の .NET への移行は必ずしも順調ではないと聞きます。まだ .NET 環境に移行していない開発者に対して、メッセージはありますか。
高橋 : 移行するなら、.NET 時代が本格化していない、いまこそチャンスだと思います。いまなら、.NET は多くの開発者にとって未知の新しい環境です。ですから次世代の技術として、周りの目を気にせずじっくり勉強することができるでしょう。しかし将来 .NET が常識になってしまったら、追い立てられてしまってじっくり勉強するどころではないでしょう。いまから少しずつでも触れておけば、いざというときもあわてずに .NET に移行できるはずです。
―― 特に Visual Basic 6 のプログラマーにとっては、OOP が .NET 移行の大きなハードルになっています。ご自身はどのように OOP を学習されたのですか。
高橋 : 何でもよいので、とにかく OOP 言語を使ってプログラムを作り、動かしてみてください。数行のプログラムでもかまいません。ある程度系統的な知識を得るという意味では参考書が役立ちますが、やはり参考書からの知識だけでは血肉になりません。実際にプログラム・コードを作って、コンパイルして、動かしてみることが大切です。最初はエラーやバグがたくさん出るでしょうが、それにショックを受けることも経験し、デバッグ、再コンパイルというプログラミングの流れを身に付けます。最初は見よう見真似でも、だんだんと自分なりの工夫ができるようになってきて、プログラミングが自分のものになってきます。
―― 習うより慣れよ、といったところでしょうか。
高橋 : そうですね。もっといってしまえば、VB.NET に移行したからといって、100% OOP にどっぷり浸る必要はありません。最初は「開発環境がブラッシュアップされた VB の新バージョン」くらいの気軽な気持ちで、フォームにコントロールを配置しながら、イベント駆動型の従来スタイルのプログラム開発を行ってみるのです。そして実際に使いながら、VB.NET で便利になった点や、VB.NET で変わった点を 1 つずつ確認していくのが早道かもしれません。そしてこれに慣れてきたら、新しい OOP や .NET Framework の知識を付けていくのです。
開発者は幸運
―― 最後に、開発者の皆さんにひとことお願いします。
高橋 : .NET の本格時代に向けて、ソフトウェア・テクノロジは過渡期にあると思います。いってみれば、かつての MS-DOS から Windows へのパラダイム・シフトのような変革がやってこようとしています。こうした変革の時代に、開発者としてその中心にいられるのは大変幸運なことだと思うのです。開発者には、自分自身で道を切り開くチャンスがあります。開発者の方々には、ぜひともこのチャンスを生かして、より大きなビジネス・チャンスをつかんでもらいたいと思います。